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麻梨子産業株式会社 [ラヂオ]

♪麻梨子産業 麻梨子産業 社員はエリート 社長は美人 
 麻梨子産業株式会社
 

フィフス・ディメンションの『ウェディングベルブルース』に似たテーマソングだった。
1972年頃、TBSラジオの深夜11時台に「麻梨子産業株式会社」という番組があった。
リスナーから、新製品のアイデアを募集して大村麻梨子さんが紹介する
内容だったと思うが、結構突飛な発想があって、
星新一のショートショートみたいなSFチックな番組だったと記憶している。
なぜか愛川欽也氏が電話番をしていたっけ。

ちょうど、その頃NHKで「ネコじゃらしの11人」という人形劇があって、
ナレーチャンという人形のナレーターの声が麻梨子さんだった。
「ネコじゃらしの11人」は、野沢那智、愛川欽也など、
TBSラジオの深夜の人気者が人形の声をやっていて、
ちょっとマニアックなところがあった。それだけに、一般の受けは悪かったらしい。
今、映像がほとんど残っていないらしい。

麻梨子さんは69年10月から70年9月まで
パック・イン・ミュージックのDJをしていた。
私がラジオを聴き始めてすぐにアメリカへ行くとかで降板してしまった。

「こんばんは、こんばんは、もひとつおまけにこんばんは」
という冒頭のやさしい語りかけに癒されていた男の子たちも
今は50代。
ファンだった人は結構多いのではないかと思う。

♪ポンポーン

 


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のらわんZ

麻梨子産業株式会社は私もよく寝ながら聞いていました、
子供だった私はこの時間が限界で、
深夜放送の始まる時間まで持ちませんでした、
でも、よくあんなばかげたコト考えるなーってアイデアを葉書で書いてきてましたね。
by のらわんZ (2005-06-08 23:33) 

Cliff

想像力が豊かでしたね。
でも、当時どんなアイデアがあったか全然覚えていません。(笑)
故人になった林美雄さんのミドリブタパックの
「下落合本舗」と通じるものがあったような気がします。
by Cliff (2005-06-09 20:31) 

むさしとみよ

当時小学校高学年だった私にもここまでが限界でした。
ヤングポップス1010からここまで、後はおねむの時間でした。
タンタンタンタンタンタタタン・・・・のリズムで始まるテーマソングはっきり覚えてています。
ラジカセなどなく、トランジスタラジオを枕もとにおいて布団をかぶりながら聞いていました。
ただ、この番組、ある日突然終わってしまったと記憶しているのですがいかがでしょう?どこかに移動したのかな?と、新聞のラジオ欄を必死になって探した記憶がはっきり残っています。
富士五湖を一つにつないで遊覧船を走らせようとか、暗い地下鉄のトンネルを何とか活用できないか?など、今考えるとくだらない提案にたいして一生懸命考えて葉書出した一人です。
by むさしとみよ (2005-06-15 14:12) 

Cliff

こんばんは。
そういえば、一慶さんとリリー・チェンさんのヤングポップス1010は
番組が始まったときは10時10分からでしたが、72年頃は10時からに
なってましたね。1010の意味って一体。
突然終わったか・・・記憶がありません。もしかすると、
裏のモコビーバーオリーブの番組と掛け持ちしていたかもしれません(笑)
夜の11時台はよい子は寝ている時間でしたね。
by Cliff (2005-06-15 22:54) 

ラボリス

初期のオープニングは宮内鎮雄アナの声で「巨泉観光25円2円高、永六出版75円95銭安、円鏡堂35円2円安、前武商事できず、そして」、大村麻梨子の声で「麻梨子産業株式会社」、宮内アナの声で「ミニカ、ギャランでおなじみの三菱自動車の提供でお送りいたします。」だったと思います。しばらくして、亀淵友香のボーカルの「リッキーと960ポンド」がオリジナルのテーマソングを歌うようになりました。

麻梨子さんはいま、ロサンゼルスに住んでいるはずです。ロサンゼルスの日系新聞「羅府新報」に数年前、記事が出てました。
by ラボリス (2005-07-17 19:23) 

Cliff

>初期のオープニング
「サンデー志ん朝」を思い出しました。(ふる~!)(笑)

情報ありがとうございます。
どこかに音源が残っていればもっと記憶が鮮明になるのですが。
残っているのは音楽テープばかり。
当時中高生にテープは高価だったので、
何回も繰り返し録音して使用して、
よほどの好きな番組じゃないと永久保存版にしませんでした。
今は、もっとこういう番組の録音をとっておけばよかったと後悔しています。
by Cliff (2005-07-18 17:53) 

ジュン

突然の書き込み失礼します。 「大村麻梨子」さんをネットで調べていてCliff さんのブログを見つけました。
「大村麻梨子」さんのことでお聞きしたいことがあるんですが・・・
この方は’71~’72年ごろ「ミッドナイトストリート」と言うラジオ番組を担当されていた方かご存知ではないでしょうか??
OPは男性の歩く靴の音ではじまり「待った?ゴメンよ!」と話しはじめるんです。 女性(大村さん?)が男性役になり、ひとり語りをする番組でした。
Cliff さん、ご存知ではないでしょうか??

当時私は小学生だったんですが、起きていることが出来た時は聞いていた番組でした。(私の住んでいた所では夜11時からの放送でした)
大人になっても忘れられない番組です。Cliffさん、何か情報がありましたら教えてください!! ヨロシクお願いします!
by ジュン (2005-07-19 13:18) 

Cliff

>ネットで調べていてCliff さんのブログを見つけました。
そうなんですよね。
本人は路地裏でひっそり営業しているつもりなのに、
空から丸見えって感じだったんですね。

「ミッドナイトストリート」は覚えていません。
そんな番組があったかな・・・という気はするのですが、
すいません。

70年頃、日曜深夜に「ミッドナイトデイト」という番組が
あったようですが、担当がどなただったか全く記憶がありません。
欠片でものこっていれば・・・
って考古学者みたいですね。(笑)
by Cliff (2005-07-19 19:37) 

ラボリス

ジュンさんへ 一考古学者モドキより
お役にたてるかどうかわかりませんが、大村麻梨子さんがお書きになったエッセー「マリコ ア・ラ・カルトの時代」(イー文化社2001年5月発行)の中で麻梨子さん自身がご自分のラジオ番組について述べられております。それによりますと麻梨子さんは次のような番組に出演されました。

1955.01-1956.03 のんき裁判 (TBSラジオドラマ)
195?.??-195?.?? 北の誉れ君 (北海道放送)
1963.11-1965.05 ララバイ・オブ・トウキョウ (TBS)
1965.05-1966.04 ララバイ・オブ・ミッドナイト (TBS)
1966.10-1968.11 コンパ・デート・スポット (TBS)
1968.11-1969.04 マリコ・ア・ラ・カルト (TBS)
1969.10-1970.10 パック・イン・ミュージック (TBS)
1971.04-1972.10 麻梨子産業株式会社 (TBS)
196?.??-196?.?? 魅惑のリズム (TBS)
196?.??-196?.?? マリコの今晩とっておき (TBS)
196?.??-196?.?? 題名不祥 (九州朝日放送)
196?.??-196?.?? 題名不祥 (毎日放送)

このエッセーの中では麻梨子さんが気に入らなかった番組については省かれている可能性がありますので、上記の番組が全てとは限らないようです。「ミッドナイト・ストリート」という題名の番組はこのエッセーの中には出てきませんでした。しいて言えば「ララバイ・オブ・ミッドナイト」ですが、これはジャズの曲を紹介する番組のようでドラマではなかったようです。麻梨子さんは1973年春にDJの世界から足をあらい海外へ旅立たれております。

オープニングで靴音とくると私はFM東京の「あいつ」を思い浮かべます。1970年代の夜11:45~11:55の月~金の番組でした。提供がトヨタ自動車でナレーションは日下武史。オープニングの部分は来宮良子だったかも知れません。しかし彼女の声は大村麻梨子とは似ても似つかない全く違う冷たい低音の声ですので、多分違うのでしょうね。

全く関係ありませんが、1971年頃、欽ドン (ニッポン放送) の中のジューキか蛇の目のCMで「歩くミシン」というのがありましたが、あれも靴音でしたね。
by ラボリス (2005-07-20 13:58) 

kita books

大村麻梨子さん懐かしいです。僕は麻梨子産業株式会社の終わりの頃のリスナーでした。
そういえば押し入れの片隅に眠っているカセットテープにはネコじゃらしの11人
の最終回の音声とパックインミュージック10?周年記念のイッケイさんのパック
にLAよりTEL出演した麻梨子さんが録音されていたはずだがこんど探してみよう!
by kita books (2005-07-21 20:33) 

Cliff

ラポリスさん、kita booksさん、ありがとうございます。
ミッドナイトストリートという番組は私も見つけられませんでした。
といっても、豊富に資料があるわけではないので、
大したお役に立っていませんが、正直私のメモリーを超えています。(笑)

確かに、パック10周年記念の一慶パックに、麻梨子さんが電話出演されていました。
77年8月ですね。
国際電話の料金がベラボウに高かったころで盛んに気にされてましたね。
あの特番、北山修さんや、ナチチャコパックの熊沢ディレクターも
出演されていたし、結構貴重だと思いますよ。
by Cliff (2005-07-21 22:20) 

Lion King

60年代後半から70年代前半の特にTBS深夜放送には懐かしい思いがあります。皆様の中で、次の方々がDJとして活躍していた番組あるいはその後を教えてください。青木 小夜子さん(マリコアラカルトの前の番組)、清水 圭子さん(田中 信夫さんと一緒にパックインミュージックを担当)等々よろしくお願いします。
by Lion King (2005-07-22 21:43) 

Cliff

残念ながら、青木小夜子さんも清水圭子さんも、
お名前だけで、どういう声だったかまではわかりません。
青木さんについてはどこかの活字で拝見したような気がするのですが・・・。
もし、何かわかったらご報告します。
by Cliff (2005-07-24 12:03) 

NO NAME

ミッドナイトストリートは1959年から64年まで、午後11時45分から0時5分までの30分番組でした。コツコツコツと靴音がして、「今晩は。またお会いしましたね。今日から明日への曲がり角。ミッドナイトストリートです」というナレーションで始まりました。一人DJのちょっと色っぽいおしゃべりと音楽の番組で、出演者は日替わりで三橋達也、水谷良恵、牟田悌三、中村メイコ、小林圭樹、淡路恵子、三国一朗と言った人たちでした。by X
by NO NAME (2005-10-05 22:32) 

NO NAME

大村麻梨子さんは今もロサンゼルスでご健在で、今から数年前、70歳を超えた年齢で小説をお書きになり、雑誌「文学界」の新人賞を受賞しました。
by X
by NO NAME (2005-10-05 22:35) 

Cliff

ありがとうございます。
こんなにコメントがつくと思いませんでした。
やはり、たくさんファンがいらっしゃるんですね。

私は世代的にミッドナイトストリートは知らないですが
60年代の真夜中のラジオはドキドキさせるものがありました。
今もご健在ということですから、
是非ラジオであの優しい声をお聞きしたいですね。
by Cliff (2005-10-07 22:54) 

ラボリス

大村麻梨子さんがお書きになったエッセー「マリコ ア・ラ・カルトの時代」(イー文化社2001年5月発行)にくっついていたおまけの音声ファイルをご紹介します。時間はちょうと1分間。お楽しみ下さい。
http://www.geocities.com/lavorislavoris5@sbcglobal.net/mariko.mov
by ラボリス (2005-10-08 13:53) 

Cliff

ラボリスさん、ありがとうございます。
定番のご挨拶、懐かしいです。
by Cliff (2005-10-10 07:33) 

玄

当時小学校6年の私は最後の最後でようやく社員になれました。
社員証と社長のイラスト・「麻梨里子産業」のロゴの入った便箋と封筒が送られてきて小躍りして喜びして、友達に見せびらかしてました。特に麻梨子社長が社長椅子にミニスカートで脚を組んで座り、たばこを手に持ってニコッと微笑んでいるイラストはなかなか魅力的で「こんばんわ、こんばんわ、もひとつおまけにこんばんわ」で始まるお決まりのフレーズが今にも聞こえてきそうで、子供後頃にゾクゾク来てましたね。
商品開発の御題として、当時ピサの斜塔は毎年少しずつ傾きが増していて、これを何とか食い止める方法を考えるとイタリア政府から大金がもらえると言うことを小学校の校長先生から聞いて、この方法を麻梨子産業で考えてお金をもらおうと云うことを投稿して採用されたのですが、残念ながら今ひとつこの仕事は盛り上がらず、程なく番組は終わってしまいました。
開発商品として憶えているのはなんと言っても「学生たばこ・ハイストューデント」で、こういう楽しい商品開発が出来ればいいなーなどと思いながらラジオにかじりついてましたね。
by 玄 (2005-11-28 19:11) 

Cliff

玄さん、こんばんは。
社員証とはすごいですね。家宝ですね。
私自身はラジオつけっぱなしの「ながら」で聞いていたからでしょうか、
どういうお題があったか全然覚えていません。

我が家に残っている麻梨子産業株式会社関係といえば、
テーマ曲と「はい、麻梨子産業総務部です」という愛川欽也さんの声だけです。
それにしても、わずか20行ほどの文章に、こんなにたくさんのコメントをいただき、うれしいと同時にびっくりしています。
by Cliff (2005-11-28 20:53) 

YOPPARAI

当時 中学1年で確か3回目の応募で採用され社員になりました。残念ながら社員証はどこかにいってしまいましたが。変わった味のアイスクリームを提案したと思います。(たくあん味とか・・・)今はかなり奇抜な味も当たり前ですけど。ピサの斜塔の提案はなんとなく覚えています。懐かしいなあ。
by YOPPARAI (2007-03-05 13:46) 

Cliff

YOPPARAIさん、こんばんは
音源が残っているといいんですけどね。当時はたいてい音楽を録音して、トークは消してしまうことが多かったです。
私の記憶も底をついてきましたので、また何か思い出したらよろしくお願いいたします。
by Cliff (2007-03-05 22:29) 

Brian

今49歳のおやじです。ミッドナイトストリートは1972,3年によく聞いていました。当時のラジオ番組のなかでも一番の思い出です。当時千葉県の海辺の田舎町に暮らしていた私は、都会の雑音(クラクションや車の行過ぎる音)にコツコツと足音が響く番組冒頭部分に都会の夜を連想したものです。そして、クラシックギターのテーマメロディが流れてくるあのスリリングな瞬間は、35年すぎた今でもよく覚えています。どなたか、テーマ曲ご存知ありませんか?
by Brian (2007-03-16 23:20) 

Cliff

Brianさん、コメントありがとうございます。
残念ながら、ミッドナイトストリートは覚えてないんですよ。
60年代にも同名の番組があったようですね。
確かに、冒頭に足音が聞こえる番組があったような・・・。
どこかに音源が残っていればいいんですけどね。
by Cliff (2007-03-18 06:28) 

瀧波雅彦

子供のときに聞いた 麻梨子産業株式会社 の情報がこれだけあるとは 

驚きました
胸がすっきりしました
うれしかった

時々思い出しても どこにも聞けなくて 悲しかった、、
あれは 幻かと思った時期もあった、、
これを聞くと眠る時間だと生活のリズムになっていました。
インターネットの力を見せつけられた感じです


ちなみに私は1960年(昭和35年)生まれ、埼玉の生まれた家で自作のゲルマニュムラジオで毎晩聞きました。

皆様 本当に情報を頂き本当にありがとうございました。
by 瀧波雅彦 (2008-12-06 07:23) 

Cliff

瀧波さん、コメントありがとうございます。

「ラジオ」「深夜放送」は昭和30年代生まれの共通言語といってもいいかもしれませんね。
このブログでの、昔のラジオ話についてはもうネタ切れですが、(笑)
麻梨子産業株式会社についても、何回か記事にした記憶があるので、
カテゴリーの「ラヂオ」のところを、お暇なときに見ていただけると幸いです。
http://cliff-pinder.blog.so-net.ne.jp/archive/c5377548-2

by Cliff (2008-12-06 08:57) 

久保俊哉

いやあ、ようやく記憶にたどり着きました。
ずーーーーと。この番組のことを忘れられなくていましたが、正確な記憶がなくなっていました。ひょんなきっかけで探すことになったのですが、このブログのおかげて、記憶の断片がよみがえりましたた。ありがとうございます。

コメントになるように、皆さんと同じ思いで聞いていました。v(^_^)
by 久保俊哉 (2008-12-16 10:00) 

Cliff

久保さん、コメントありがとうございます。

いつも、記事を書きながら、
読んだ方の記憶の断片がジグソーパズルのようにつながり
一つの絵になってくればいいな、と思います。
何かのきっかけになっていただければ、ブロガー冥利に尽きます。
by Cliff (2008-12-17 00:39) 

もっと知りたいです。(^_^;)

この「麻梨子産業株式会社」ずうううううっと、心の隅に残っていた大事な記憶の断片でした。ついでに、もっと知りたいのは、このマリコさんのことです。

大村麻梨子さんということとか、海外に住まれているとか、知れてとてもうれしいです。
その間はどうして居たのでしょうね?

mixiにも70年代ラジオ番組のコミュを立ち上げたほどです。(笑)

それにしてもインターネットの情報網はすごいですね!
by もっと知りたいです。(^_^;) (2008-12-22 00:05) 

久保俊哉

ちなみに、自分が記憶しているのは「ベイスモウ」。
野球と相撲の合体のスポーツ。

打った後、走るんだけど塁で相撲をとらないとならない。
そんな内容だった。

真島監督に頼んで「東京オンリーピック」競技にでもしてもらおうかな?
by 久保俊哉 (2008-12-22 00:17) 

Cliff

麻梨子さんは、60年代の人気パーソナリティーで、
70年代に入り、パックインミュージックの土曜日を担当後、
一度海外へ行かれ、帰って来て
「麻梨子産業株式会社」をやっていたと記憶しています。

その後は、上のコメントにもあるように、エッセーなどでご活躍されている。
猫の名前がロコチョンボ。

私が知っているのはこれくらいでしょうか。
こんなに、コメントを頂戴するとは思わなかったので、
端折ってしまいましたが、
いつか一度まとめてみましょうかね。

そういえば、麻梨子産業株式会社には、
研究所とか総務部とか、いろいろ部門がありましたが、組織図でもあったら面白かったかもしれませんね。
by Cliff (2008-12-23 14:09) 

yukinosuke

懐かしいですね。「こんばんは こんばんは もひとつおまけにこんばんは」このフレーズを何度聞いたことか!「まりこさんぎょー まりこさんぎょー まりこさんぎょう かぶしき がいしゃっ」のメロディーもよく覚えています。
私も多くの方と同様にWebの検索で偶然こちらに辿り着きました。1958年生まれの私も当時中学生で、小さなラジオで聞いた記憶があります。ラジオ局もTBSだったということも思い出せずにいましたが、同じ頃、同局の深夜版ラジオ版 望郷ロマン「明日は帰ろう オデッセー」や他局の「どいまさるのハローパーティー」なんか聴きないていました。
by yukinosuke (2009-02-25 14:02) 

Cliff

yukinosukeさん、コメントありがとうございます。

ナイターが終わり、洋楽番組が並び、
深夜に入ろうかという時間に始まる「♪まりこさんぎょ~」
それほど長くやっていた番組ではなかったと思いますが、
懐かしがっている方が多いんですねェ。

ハローパーティーも懐かしいです。
土居さんが生きていれば、こういう話ももっと話題になっていたかもしれません。深夜版ラジオマンガはこのブログの原点なんですけど、東京ローカルだったせいもあり、情報が少ないのがさびしいです。
by Cliff (2009-02-25 20:55) 

シャンプーハット

やっぱり、あったんですね!

実は、5~6年前に「まりこ産業株式会社」で検索した時には、なにもヒットしなかったんです。
自分の勘違いだったのかなと、「のりこ」とか、「えりこ」とか打ち直してみてもそれらしいものがヒットしなくて、あきらめました。
久しぶりに検索したところ、このブログにいきあたり、「やっぱり!あったんだ!」と感激しました。

放送当時、TBSは電波が遠くて、かすれかすれで聞いていましたが、色っぽい「まりこさん」の声が聞きたくて、ラジオの向きを変えたり置き場所を変えたりして、チューニングをしていました。
内容は余り覚えていませんが、自分でも面白い発明が出来そうで、何か思いついたという記憶があるのですが、今は覚えていません。

Cliff さんのおかげで、 この番組があったということが判り、喜んでいます。
ありがとうございました。



by シャンプーハット (2009-07-19 20:59) 

Cliff

☆シャンプーハットさん、こんにちは

お役に立てて何よりです。
4年前の大した記事はなかったのですが、
今でもご覧になる方が結構いて、書いた本人がビックリです。

よろしかったらこちらの記事もどうぞ。
http://cliff-pinder.blog.so-net.ne.jp/2007-05-21
by Cliff (2009-07-20 16:48) 

koi-kiyo

野沢那智さんの訃報をきっかけにパックインミュージックの思い出に浸り、当時の憧れの大村麻梨子さんを検索して、こちらのblogに辿り着きました。やはり、いまだに忘れられないファンの方がたくさんいらっしゃるのですね。
たまたま、5年ぐらい前だと思うのですが(もっと前かもしれません)、永六輔さんの土曜ワイドを聴いていたら、突然「こんばんは、こんばんは、もうひとつおまけにこんばんは」というあの麗しき声が聞こえてきました。一瞬、夢かと思ったのですが、麻梨子さんご本人でした。そのときは永さんと数分間の会話をして消えていきました。
このときは慌てて途中からMDに録音をしました。

by koi-kiyo (2010-11-30 00:09) 

Cliff

☆koi-kiyoさん、コメントありがとうございます。

訃報がきっかけというのはなんとも複雑な気分です。

私の馬場こずえさんと大村麻梨子さんの記事は
内容はたいしたことありませんが、
今でも多くアクセスされます。

麻梨子産業株式会社以前からのファンも多いです。

永さんも、最近はかつ舌が悪くなってしまいましたね。
ちょっと心配です。
by Cliff (2010-11-30 22:52) 

NADIA

偶然にこのサイトに巡り合いました。
本当に素晴らしいお声でした。
もしかすると大村麻梨子さんが私の人生を変えたのかもしれません。

高校1年生の時、伝を頼ってTBSのスタジオに収録を見学させていただきました。
番組名は忘れましたが、綺麗な髪の長い女性ディレクターで、おのぼりさんには見るもの全て驚きの連続。
たぶん麻梨子さんと直にお話したのですが頭の中真っ白で全く覚えていませんでした。
時期は1970年の3月か4月頃だったので、前述の考古学者モドキさんの書き込みから想像するにパックインミュージックしか期間が該当しないのですが、短い録音番組で、期間は違うのですが「魅惑のリズム」だった気がします。

当時は深夜放送大ブームの前兆で、見学時同時に雑誌の取材が入り、収録に駆けつけたファンということで麻梨子さんと一緒に記念写真を撮らせて頂きました。
アサヒグラフ 1970年5月8日号に載っています。
家宝です。

以降、深夜放送の世界にドップリはまり、大学時代は文化放送で土居さん、せんださん、落合さん、谷村さん、さださんの番組でアルバイトをし、就職してからはTBSで仕事をしました。

今思えば、ファンからプロになった今でも大村麻梨子さんのお声は№1だと思っています。
by NADIA (2012-05-17 19:06) 

Cliff

NADIAさん、コメントありがとうございます。

麻梨子さんの声からその世界に入られたというのは凄いですね。
私が麻梨子さんの声を初めて聴いたのは中学生で、
すぐにアメリカへ行くとかで、土曜パックを降板してしまい
すごく残念だった記憶があります。
しばらくして麻梨子産業株式会社で復活しましたが、
その後は伝説の美声のようになっていますね。

メディアで深夜放送の話は、ときどき思いだされ
ラジオやテレビで特集される程度ですが、
大村麻梨子さんの話題が出ることがないのは
ちょっと残念です。
by Cliff (2012-05-18 22:19) 

東京のバカ大将

大村麻梨子さんの当時の録音が出て来ましたので、もうシルバー世代のマニア向けに一部をyoutubeに「マリコアラカルト」でアップしました。懐かしむ方はお聞き下さい。
by 東京のバカ大将 (2012-09-13 09:25) 

Cliff

東京のバカ大将さん、こんばんは

私はこの時代を知りませんが、
話すスピードがゆっくりで、決まり文句も
「こんばんは、こんばんは、もう一つ言わせてください、こんばんは」
とパックや麻梨子産業株式会社のころと
違っているところが興味深かったです。

土居まさる登場以前の夜のラジオって
こんな空気だったんでしょうね。
貴重な音源ありがとうございました。
by Cliff (2012-09-17 17:49) 

東京のバカ大将(若大将シリーズが流行っていた頃でした)

Cliffさん、NADIAさん
大村さんのファンはもう結構年配の方が多いので、私の持っているデータを埋もれてしまう前に出します。
魅惑のリズムという番組は確かにありました。録音の一部YouTube
にアップしますが、スポンサー名の連呼が入りますので、これを見ている方だけの限定公開にしました。以下で出て来ます。
http://youtu.be/jPYwC1Z3yqA
魅惑のリズム」というのが番組名で、その中で大村麻梨子さんが、「マリコの今晩とっておき」と言っておられるので、両者は同じ番組です。20分枠の番組だったと思います。
1969年4月以降に放送されていました。(月日は忘れましたが、年は私が1浪後の大学1年生でチャレンジャーとして出ましたので間違い有りません。フルで18分ちょっとでした。ちなみにマリコアラカルト最終の週は、ピアニシモ入りで12分18秒でした。)
by 東京のバカ大将(若大将シリーズが流行っていた頃でした) (2012-09-25 22:08) 

Cliff

東京のバカ大将さん

貴重な音源、ご紹介ありがとうございました。
私は土曜パック以前の大村さんを知りませんが
話し方がゆっくりで時間の流れがゆるやかですね。
心穏やかに聴けます。
今の話し方は慌ただしすぎるかもしれませんね。
by Cliff (2012-09-28 19:45) 

LyzardMaster

ググってたどり着きました。
懐かしいですね。
当時小学校6年で深夜放送を聞くことが大人・・みたいな感覚でパックインを待つ間、聞き始めました。

麻梨子産業のネタで結構盛り上がった記憶があるのが、
琵琶湖にクジラ。
琵琶湖にクジラがいたらすごい→どうやってクジラを入れるか、みたいなものだったと思います。

この頃買ってもらったラジカセで録音をしていた記憶がありますが、そのテープも数度の引っ越しで廃棄してしまいました。
残念。
by LyzardMaster (2013-03-11 21:05) 

Cliff

LyzardMasterさん、こんばんは

>小学校6年で深夜放送を聞くことが大人

そうですね。親や学校では教えてもらえないことが、
当時のラジオにはありましたね。
琵琶湖にクジラ・・も何となく憶えているようないないような。

記憶とは結構いい加減なもので
古い音源を聴くと、「え!こんな声だったかな?」
と意外に感じることがよくあります。
カセット廃棄は残念でしたね。録音機器は今やデジタルになってしまったし、カセットテープは前世紀の遺物。
ますます残りづらくなりましたね。

by Cliff (2013-03-12 23:02) 

みけねこ

色々昔のことをぐぐっていてこちらにたどり着きました。なっちゃん、ちゃこちゃんも面白く聞いていましたがなんと言っても吾等の「まりこちゃん」ですよね。あの声は美声ではないかもしれませんが深夜聞いている若者たちの心をぎゅっと掴む麻薬的な声でした。ねこじゃらしの声優もやっておられたとは知りませんでした。ぼくも見ていましたが「勉強チュウ」なんて言うのもいましたっけ。私は71年の4月に渡米して以来ロスアンジェルスに住んでいますが翌年か2年後か、日本語番組が始まり週に土日に2時間ずつぐらい番組がありました。たまたま正月で友人宅に十数人集まって飲み食いしていたところ「カリフォルニアの肥沃な大地うんぬん」という銀行のコマーシャルが流れたのです。テレビを背にして座っていましたが思わず振り向きましたよ。だって麻利子さんの声でしたから。麻利子さんはカリフォルニアに居を移してこちらをベースにお仕事をされていたのですね。以来音楽関係のお仕事をされたり本を書かれたりお忙しくされているようです。僕にとってもパックを聞いていたことが一番楽しかったときだと思います。
by みけねこ (2013-11-01 17:46) 

Cliff

みけねこさん、コメントありがとうございます。

8年以上も前の、軽い気持ちで書いた備忘録記事ですが、
いまも懐かしがって下さる方がいて、大変うれしく思います。

大村麻梨子さんの声は、チャコさんや中村律子さんの可愛い声と違い、
お姉さまの癒し系。心安らぐ声でした。
土曜日のパックインミュージックの担当は短期間で、
後が騒々しい一慶さんでしたから、ギャップの大きさを覚えています。
ねこじゃら市の11人のナレーチャンとその後麻梨子産業株式会社担当後は一線から退かれましたが、77年のパック10周年のときに電話で登場されていました。
渡米されてから、米国でCMに出演されていたとは。
全然知りませんでした。
貴重な情報ありがとうございました。
by Cliff (2013-11-03 08:49) 

カッパのカータン

「マリコ産業、マリコ産業、社員はエリート、社長は美人、マリコ産業株式会社」という歌がありました。1972年中学2年の時に良く聴いていました。その頃のスポンサーはMaxwell(味の素)コーヒーだった記憶があります。猫じゃらしの11人のナレーチャンの声と同じだったので、大村麻梨子さんであることは分かりました。まだ元気なんでしょうかね。懐かしいですね。
by カッパのカータン (2015-06-20 07:42) 

Cliff

カッパのカータンさん、こんにちは
コメントありがとうございます。
麻梨子さんはご健在かと思いますが、電話番の欽也さんが他界してしまい、ますます寂しくなるばかりです。最近は記録や音源の発掘作業をサボってまして、なかなか新しい(古い?)情報をご提供できませんで、たまにしか更新しませんが、引続きよろしくお願いします。
by Cliff (2015-06-26 12:02) 

小沢 純

麻梨子産業株式会社 番組の一部と
https://www.youtube.com/watch?v=BHFoaOfm9Gk
社歌
http://www.mobypicture.com/user/ozawajun/view/16255697
by 小沢 純 (2015-07-19 23:18) 

小沢 純

当時のメモが見つかりました。
提案された製品が、リストになっています。
https://drive.google.com/open?id=0B1OhrwKsolAkeUJNUjlUUW4yZ2s

また、音声は、こちらに。
https://www.youtube.com/watch?v=BHFoaOfm9Gk

by 小沢 純 (2015-07-26 21:55) 

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