So-net無料ブログ作成
検索選択

私の名前はキム・サムスン [テレビ]

最近仕事が忙しく、休日にも仕事していたので、
一段落したところで平日に休暇を取りました。
ところが、この日程に合わすかのように
娘がインフルエンザで寝込んでしまいました。

幸い症状が軽く、結果的には大事に至りませんでしたが、
万一ということもあるし、その間外出せず家で過ごしました。

暇なので、普段見ない昼間のテレビをリモコンでザッピングしていたら、
「私の名前はキムサムスン」という韓国ドラマを放送していまして、

観ているうち、はまってしまいました。(笑)

16回シリーズで、毎日
休暇のあとも録画し、結局全部観てしまいました。

2005年に制作されたラブコメディーで、
韓国では最終回が50%を超える高視聴率を記録したそうです。

日本でも過去、CSやBSで何度も再放送されていて、
韓流ドラマ通のお姉さまに言わせれば

「何をいまさら、でもあのドラマは面白かったわね」
となるそうですが、

確かに、面白いっすね。

キムソナ演じる主人公キムサムスンは、
太目の30歳の女性。
腕のいいパティシエで、平凡な自分の名前にコンプレックスを持っており、
自分の名前「サムスン」を「ヒジン」に改名したいと思っている。
「山田花子」を「山田優」にしたいと言っているようなものでしょうか。

お相手のジノンはレストランの社長。
母親はホテルチェーンを経営する大金持ち。
ちなみにジノンのお母さんの声の吹き替えは
前の記事の「怪獣のバラード」の「ヤング101」出身の一条みゆ希さん。

この二人が、ケンカしながらお互いに引かれていく、という
まぁ~~ありきたりで、他愛のないストーリーです。

30歳の女性とひねくれ者のイケメン男性という組み合わせは
深津絵里主演の「恋のチカラ」あたりと共通しています。

登場人物が揃いも揃って瞬間湯沸かし器のような性格という
設定などカルチャーギャップがありますが、
善人しか出てこないので、心安らかに観ていられる、
これが人気の理由なんでしょうね。

「なんでお前がそこにいるぅ!」
という、当事者たちが偶然が居合わせる狭い世界、
奇跡としか言いようのない時間と空間の一致に爆笑したり、
若い時の森田健作や村野武範を見ているような古臭さだったり、

とにかく、ツッコミどころ満載でした。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

怪獣のバラード [音楽]

ヤング101、怪獣のバラード!!

と聴いてピクッと反応できるのは
半世紀以上生きている一部の日本人だけですかねぇ。

家族に聴くと、「怪獣のバラード」の曲自体は、
学校などで合唱曲として使われたので、
当時を知らない世代の人にも知られているそうです。

この歌は、「ステージ101」という1969年から6年続いた
NHKの音楽番組の「今月のうた」でした。 

101003.jpg

「怪獣のバラード(ヤング101)」
作詞 :岡田冨美子 作・編曲 :東海林修

砂漠でのんびり暮らしていた怪獣が
ある日、キャラバンの鈴の音を聴き、
海が見た~い! 人を愛した~い! 
と叫び東へ旅に出るというお話で、

なんとなく、
青鬼赤鬼の童話を連想する歌でした。

当時私は生意気だが深読みできないガキで、
その前まで毎週歌われていた「涙をこえて」
の哲学性と比べ、急に幼くなったような気がして
正直好きになれませんでした。

で、昨年の暮のことです。

小田(和正)さんの「クリスマスの約束」で、
22'50"」という名曲メドレーの混声合唱を聴いたとき
理由のわからない懐かしさを覚えまして、
 
先日、ヤング101のCDを引っ張り出して
「怪獣のバラード」を聴いていたら
「あっ、これだァ!」と思いました。

それから、この歌いいな、
と思うようになりました。

最近は芸術性の高い合唱を聴く機会はあっても
ポピュラーを躍動感のある混声合唱で聴くことが
ほとんどありません。

本格的に合唱をしている人は、
ポピュラー音楽の合唱をあまり好まないという話も聴きます。

テレビでこの手の合唱を見る機会が
少なくなってしまいましたね。


この「怪獣のバラード」ですが、

イントロから

「トゥルルルルル~ラッハァァ!!」

「フイッ~!!」

「ウアッ!!」 

とか

今の若い人たちから聴かれない
化石のような掛け声が出てきて、

”ヤング” です。

時代を感じます。

なかなか感慨深いものがあります。


nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

深夜版ラジオマンガ その3 [ラヂオ]

深夜版ラジオマンガは、1970年代
TBSラジオで日曜深夜に放送していたラジオドラマです。

出演者は、野沢那智、内海賢二、小原乃梨子など
当時人気の声優陣と水森亜土、
あとは亜土さんのご主人の里吉しげみさんが主宰する
劇団未来劇場のメンバーが中心でした。

ギャグとお色気満載の傑作シリーズでしたが、
東京ローカルだったこともあり、ネット上の情報が極端に少ないです。

シリーズのラインナップでわかっているところでは、
1970年 「忍法西遊記」
1971年 マロニエロマン 「片目のダルタニアン」
1972年 戦国ロマン 「俺は日吉丸」
1973年 望郷ロマン 「明日は帰ろうオデッセイ」
1974年 幕末ロマン 「龍馬の胸に赤いバラ」
1975年 脱獄ロマン 「走れダンテス」
1976年 フライドチキンウェスタン 「センチメンタルトマホーク」
1977年 股旅メルヘン 「恋時雨国定忠治」
1978年 英国番外地 「夕焼けのロビンフッド」

それぞれのシリーズが40回以上続く長編でしたが、
ほかにシリーズとシリーズの間に番外編がありました。

ナレーションは「片目のダルタニアン」から小島一慶さん。
最初のシリーズだけは、確か内海賢二さんだったように記憶しています。
最初に「西遊記」を聴いたときはいろいろな意味で衝撃的でした。

ところで、この記事は「その3」となっていますが、
「その2」をアップしたのが5年以上前。。。。(笑)

深夜版ラジオマンガ その2

先日、なにげなく YouTubeを見ていたら素晴らしい事に、
なんと主題歌集をアップされている方がいて、
いよいよラジオマンガの情報がネットに出てくるかなと期待をこめ、
記事にしてみました。

http://www.youtube.com/watch?v=o96pMegSaRM

http://www.youtube.com/watch?v=mm82AKsbpDg

http://www.youtube.com/watch?v=Mn2aSIDKkgQ

【関連記事】
ラストショー ~允彦、千夏のあなたまかせ~
http://cliff-pinder.blog.so-net.ne.jp/2005-07-25

謎のミニミニ名刺
http://cliff-pinder.blog.so-net.ne.jp/2009-11-13

(おまけ)


nice!(0)  コメント(5)  トラックバック(1) 
共通テーマ:日記・雑感

桜田濠 [タイムスリップ]

明治時代の写真の現場へ行ってみるシリーズ。 

sakurada2.jpg

sakurada6.jpg

今回は桜田濠です。

 碧潭藍の如し

明治時代の写真集には
東京の絶景ポイントとして紹介されていました。

この景色の対岸に見える高台、
古くは霞が関の西から赤坂辺りまでの間を
桜田台と呼んでいたそうです。

ここに江戸時代初期(17世紀)加藤清正が居を構えました。
千畳敷と呼ばれる大広間のある屋敷は
櫻田屋敷と称していたそうです。

のちに彦根藩主井伊家の上邸になり、
現在、その場所には記念碑が建てられ、
真下を首都高が走っています。

2010011707.jpg 

明治時代は、この場所に陸軍の参謀本部がありました。
古写真の左の方に映っている「巍然」とした建物がそれです。
立派ですね。

sakurada4.jpg

現在は憲法記念館があります。
その南側は国会前庭の洋式庭園になっているため、
後方の赤坂の高層ビルがやたら目立ちます。

sakurada8.jpg

2010011709s.jpg 2010011708s.jpg

1860年(安政7年)3月24日、登城中の大老・井伊直弼が
水戸藩の浪士らに襲撃される事件が起きました。

有名な「桜田門外の変」ですね。

井伊直弼の屋敷は、先ほどの記念碑のある場所にありました。

桜田濠沿いに、現在の内堀通りを南東へ進み、
現在のこの辺りを籠に乗り行列し、

2010011710.jpg

桜田門の手前で事件が起きたわけです。

sakuradamon.jpg

2010011704.jpg

現在は観光客とマラソンランナーが通り過ぎる
平和な景色です。


変化の激しい東京で、
皇居周辺だけは100年前の姿がそのまま残っていますね。

2010011711.jpg


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

ローマ字回文 #22 [ローマ字回文]

久しぶりに ローマ字の回文を作ってみました。

テーマは、

なんとなく最近のニュースっぽい。

なお、作品は言葉の遊びでたまたまできたものであり、
特に深い意図はございませんので 念のため。


子供手当て・・・

 あら 由紀夫 子供 どこ行くやら
 ARAYUKIOKODOMODOKOIKUYARA

 

国家戦略とか簡単に言うけど幅が広すぎますよね。

そんなことはないと思うけど・・・

 ほら カンナオト 案 なかろぉ
 HORAKANNAOTOANNAKAROH

  餌は為替
 ESAWAKAWASE



難しい問題ですなぁ。
中国のことも意識しないといけないしなぁ。

 おい!沖縄に来いよ
 OYIOKINAWANIKOIYO

 

20年前にはJALが今のような状態になるなんて、
想像もつきませんでした。
JALの方は、海外の航空会社が名乗り出ていますね。

 いやね 赤字じゃ買えない
 IYANEAKAJIJAKAENAYI 

 

日本選手はバンクーバー五輪ではどうかなァ?

 裏で 真央も美姫も モアメダル
 URADEMAOMOMIKIMOMOAMEDARU

回分の出来としては、イマイチですね

では

 おら貴乃花 ほな 語ろ
 ORATAKANOHANAHONAKATARO

 おら若乃花 ほな 替わろ
 ORAWAKANOHANAHONAKAWARO

男の方が計算高いように見えますが、
本当のところはよくわかりません。

 荒れてナミエ いま 寝てら
 ARETENAMIEIMANETERA


 

そういえば、フジテレビの中野アナがご結婚だそうですね。、
「なかの」はローマ字回分を作りやすい言葉です。
以前の作った作品ですが

 エロい中野アナ笑う あらわなお腹に オレ!!
 EROINAKANOANAWARAUARAWANAONAKANIORE

おめでとうございます。


nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

On The Way Home [音楽]

突然ですが、

最近、Buffalo Springfield のベストアルバムを衝動買いしまして、
その中に収録されている
”On The Way Home” が一番のお気に入りになっています。

Buffalo Springfield といえば、
半世紀生きているロックオヤジたちにとって
基礎中の基礎のバンドなので、私なんぞが解説する必要はないでしょう。
一言でいえば、CSN&Yの”S”と”Y”、
Stephen Stills とNeil Young が所属していた伝説のバンドですよ。

しかし、この二人、仲がいいのか、悪いのか、
バッファロー・スプリングフィールドのときは対立してしまい、
それが、バンド解散の原因になったと聴いています。
昔、ニューミュージックマガジンか何かで、
愛憎の関係だと書いてある記事を読んだ記憶があります。

のちに、Poco と Crosby Stills Nash & Young に分かれ、
更にJim Messinaは、ご存じLoggins & Messinaで大成功した・・・・
とロックの歴史の教科書には載っているはずです。

BSF01.jpgさて、この On The Way Home ですが、
Neil Young の作品です。

私の場合、
Buffalo Springfield のナンバーというより、
CSN&Y(Crosby Stills Nash & Young)のライブ盤、1971年の大ヒット二枚組アルバム
”4 Way Street” 
に収録されていた曲のイメージが強いです。

レコードのA面に針を落とすと(表現がレトロ(苦笑))、
いきなり「青い目のジュディ」の後半のコーラスがフェイドインしてきて、それが、デュッデュッ!! 
ピタッ!と終わって、会場から万来の拍手!


そんな雰囲気の中、あれは、Graham Nash の声でしょうか?
次はNeil Youngが歌うよ~と、

☆$※÷▼ ニールヤング!!

と紹介があって

ごそごそ ニールヤングがアコースティックギターで、
♪When the dream came・・・と歌いだします。

このライブアルバムの、
この導入部分が、カッコいいのなんのって。。。

だから、On The Way Home といえば、
アンプラグドなNeil Young のライブバージョンであって、

リッチー・フューレイが歌う
Buffalo Springfield の On The Way Home
なんてクソだわいと、長年思っていました。

しかし、30年以上の時を経て、
改めて聴いてみると、これはこれでポップでいいんですよねぇ。

こんな風に、
昔聴いた歌の良さを今頃になって発見するということが
よくあります。

On The Way Home (Buffalo Springfield)


nice!(2)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

高千穂学校 [タイムスリップ]

明治四十五年に発行された「東京名勝図絵」(ともゑ商会発行)に掲載されている
写真をもとに、現在その場所がどうなっているか訪ねて歩いています。

最近は学校めぐりになっています。
今回の写真は「高千穂学校」。

takachiho03.jpg

現在、こういう景色になっています。

2010010307.jpg

高千穂学校は現在の高千穂大学の前身で、創建は明治36年(1903年)
高千穂大学は、正直地味なイメージですね。
少し古い人間は、1999年までの「高千穂商科大学」の呼称の方に馴染みがあります。

現在の高千穂大学の所在地は、杉並区大宮ですが、
この地に移転したのは1946年。
創建時は豊多摩郡大久保村にありました。

大久保”村”といっても、現在の地名は新宿区新宿七丁目、
21世紀の東京ではバリバリの都心です。


高千穂学校



明治時代、四谷からこの大久保辺りは、要人の邸宅が並ぶ高級住宅地だったそうです。
高千穂学校も、彼らの子女に対する小学校からの一貫教育を目的に設立された学校でした。
いわば、お坊ちゃまが通う名門校だったわけですね。

本校は幼稚舎小学、中学、高等商業の四部を設け、其創建は明治三十六年四月小学校開校に始り、同四十年三月中学校、同四十三年十一月高等商業学校舎の竣工を見たるも高等商業は他日開校の予定なりと云ふ。

当時の小中高一貫教育の草分けでしたが、
戦後、さまざまな事情から、忘れられた名門校になってしまいました。
現在は失地回復に務めている状態でしょうか。

卒業生にビッグな有名人がほしいですね。

2009122401.jpg


さて、冒頭の写真の場所ですが、

当初、手元に東京府の区部の地図しかなく、
府下の大久保村の道路つきがよくわからず、
場所を特定できませんでした。

とにかく、手がかりを探そうと現地へ行き、
地元のご年配の方に写真を見ていただきました。

古写真を見ながら首をひねっていらっしゃいましたが、

「写真の場所がどこかはわからないけど、
高千穂さんなら久左衛門坂を下って
右へ曲がって左側のあたりにあったよ。」

ご丁寧に教えてくださいました。
おじいちゃん、ありがとうございました。

写真右、カーブした下り坂がその久左衛門坂。

2009122102.jpg

グニャグニャ曲がって

2009122107.jpg

つき当って右折。

2009122103.jpg


東大久保児童遊園です。

このあたりかな?

2009122133.jpg


あっ、ありました。

2009122104.jpg

しかし、古写真と周りの様子があまりにも違うので、
どこがどうなっているのか、位置が全くわかりません。

そこで、書店でいろいろ地図を見てみました。

昭和初期の東京の地図が載っている
「戦前 昭和東京散歩(人文社)」という本に、
校舎の位置が書き込まれていました。

このときは、大久保村ではなく、淀橋区になっています。
写真が撮影された時期と、年代的に20年ほど後になりますが、
校舎の位置は変わっていないと推定しました。

2010010302s.jpg古地図・現代図で歩く 昭和東京散歩 (古地図ライブラリー (別冊))

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 人文社
  • 発売日: 2003/12
  • メディア: 大型本

なお、この人文社の古地図シリーズは、タイムスリップマニアにはお奨め。いい本ですね。


さて、地図から場所を特定しましょう。

高千穂学校の敷地があった場所は、
南北に急斜面が(左の地図に緑で表示した線)続いています。

記念碑のある児童遊園はその斜面の下。
左の地図上の校舎の北側、青い境界線がカギ形に曲がっているあたりになります。


古写真を見ると、、
右側、正面、左側にも建物が確認できます。
そして、どうやら手前が上り坂になっているようです。

ということは、東側から土手を上がり、
西の方角を写したものではないでしょうか。(上の地図上の矢印)

takachiho03.jpg


そう結論づけましたが、

現在、学校のあった敷地にはビッチりとマンションが建っています。
土手も住宅の隙間から垣間見える程度。

写真の現場へは立てそうもありません。

2009122132.jpg 2009122131.jpg

南側の道から見えるこの斜面。
撮影場所はこの斜面の上でしょう。

マンションが建っているあたりで、子供たちが学んでいたのでしょう。

2009123101.jpg


北側から校舎のあった場所を見た現在の景色。

2009122134.jpg


こんどは西側の道路から見た景色。

だんだん、怪しいオヤジになってきました。

2009122105.jpg

しかし、変わってしまいましたね。

ほとんど痕跡がない。
というか、私有地につきおいそれと入って確認するわけにはいきません。


さて、もう一枚。


高千穂学校のものとして、土手の写真があります。

takachiho02.jpg 

これ、どこなんでしょうかねぇ?

校舎が写っていないので、手がかりが少ないのですが、
写真から唯一、右へ緩やかに上る坂道が確認できます。

この地形で思い当たるのは、先ほどの東大久保児童遊園の横から
右へカーブしながら斜面に沿って北へと上るゆるやかな坂道です。

2010010312.jpg 2010010311.jpg

とすれば、このあたりから撮影した写真でしょうか?

2010010313.jpg

というわけで、
今回は、結構手間取りしました。 

それにしても、新宿区、文京区あたりは
街の景色がものすごいスピードで変化していますね。

このブログの写真も、
近い将来レトロ写真に変わってしまうのかもしれません。

2010010210.jpg


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

2010年の初詣&紅白歌合戦の感想など [出来事]

あけましておめでとうございます。

年末年始はいかがお過ごしでしょうか?

2010010102.jpg

元旦は、一家揃って根津の権現さんに初詣でした。

年々、参拝者が増えているような気がします。
景気が悪いので神頼みの人が多いのか、
それとも権現さんが商売上手なのか、
本当のところはわかりません。

ただ、こうして元旦に家族全員揃ってお参りに行けるということが、
何よりの宝物なのでしょうね。

あと何年続くか、
一緒にいるのが娘たちなので、
ちょっぴり寂しい気分になりますが、
とにかく、健康が一番です。

2010010111.jpg


引いたおみくじはリーズナブルな中吉でした。

願望 のぞみのままなり人の言葉に迷う勿れ

なるほど

旅行 よし、連人に注意

この「連人に注意」とは、どういう意味でしょうかね?
旅行はカミサンが一緒のことが多いのですが、
途中で病気に気をつけろということでしょうか?

猫おんなに変身するから気をつけろとか。
連れがカミサン以外だとばれるから注意しろとか

まぁ、相手を選べってことですかね。

そういえば、”色や酒に溺れるな”とも書いてありました。

そんな余裕はないけれど、
要するに、真面目にやれってことなんだろうな。

2010010107s.jpg 2010010106s.jpg

さて、毎年のことで、
大晦日の「紅白歌合戦」の感想でも書いておきましょう。

続きを読む


nice!(8)  コメント(10)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感
メッセージを送る