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竹原 町並み保存地区散策 その4 [旅行]

竹原の伝統的建造物保存地区散策

最終回はエリアの南側の景色です。

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雨の本町通りを南へ歩きます。

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通りは、江戸、明治、大正、昭和
各時代の建物が入り混じって並んでいます。

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下は、古くから酒造業を営む竹鶴酒造の建物。
屋号は小笹屋。
ご存じニッカウヰスキーの創始者もここが生家になります。

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通りの北の突きあたりには「胡堂」がありましたが、

南側は、旧笠井邸です。

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左折し、東方向に歩くと、すぐ右側に地蔵堂があります。

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これは歴史遺産ではありませんが、
固めたコンクリが恐竜の背みたいに見えたので、
何となくパチリ。

 

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保存地区三つ目のお寺は長生寺。

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16世紀、秀吉との合戦に敗れ、竹原に逃れてきたものの
24歳で病死した伊予の河野道直を哀しんだ
小早川隆景が創建した真言宗のお寺。

 

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現在の本堂は50年ほど前に建設されたものだそうですが、

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境内には「見ざる・言わざる・聞かざる」の像や、
お抱え地蔵があります。

本堂の前には可愛いお坊さんの像もあります。 

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竹原観光で外せない場所でしょうね。

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大雨だったのが残念です。

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保存地区の南の終点、
入口というべきか。

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この像は、江戸時代の文人、頼山陽。

山陽の祖父、頼惟清が竹原の出身ということで、
建立されたものだそうです。 

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ということで、街歩きの後半は、
大雨で観光どころではなくなってしまいました。
竹原駅まで歩いて戻るまでに、服もリュックもぐしょぬれ

駅では呉線が不通になったことを知らせるアナウンスが
繰り返し流れていました。
広島空港行きのシャトルバスを予約していたので、 
事なきをえましたが、少し焦りました。

天気のいい日に再度訪れたいです。

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竹原 町並み保存地区散策 その3 [旅行]

照蓮寺の石段を下り、
再び伝統的な建物が並ぶ路地へと戻ってきました。

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藤井酒造 酒蔵交流館
130年前に建てられた酒蔵で、自由に出入りできます。
数種類のお酒の試飲ができるので、日本酒好きの方にはお薦めです。

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交流館の南にあるのが、「光本邸」です。

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江戸時代に「復古館」の離れとして建てられましたが、
後に光本家の居宅となりました。

入館料200円がかかりますが、
町並み保存地区の周遊券(500円)を買うと
他の有料の3施設にも入場できるのでお得です。

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敷地内の別棟には、
陶芸家今井政之氏の作品が展示されています。

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再び路地を散策。

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光本邸のある中ノ小路を左に折れると
春風館と復古館のある大小路になります。

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写真の手前、春風館は18世紀竹原の名士、頼春風が建築した建物です。
春風は、塩田経営の傍ら、地元の子弟の教育にあたり、
竹原の文化向上に大きく貢献した人物。

復古館は春風の養子、小園が春風館の東隣に建てました。
建物内部は公開していないため、外観を眺めるだけですが、
いい感じです。

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お次は松坂邸。 

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こちらも立派なお屋敷ですねぇ。
274坪の敷地に105坪の建物。大きい。

松坂さんは、塩田で使う薪、石炭を販売するかたわら
自ら塩田も経営、廻船、酒造りまで多角経営で財をなし、
庄屋などの勤める有力者だったそうです。

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建物は庇にカーブが入ってまして、
菱格子の窓、数寄屋風のお座敷、など
当時としては、超オシャレな建物だったようです。

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光本邸、松坂邸と見学し、
周遊券で回れるもう一つの豪邸、

森川家の邸宅へも行ってみました。

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森川邸は、町を南北に流れる本川を渡った西側
伝統的な建物が集まる地区から少し離れた場所にあります。

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森川さんは、大正時代に
江戸時代の塩田地帯を造成して成功した人物で、 
竹原町長も務めた地元の名士。

その森川さんのお宅の建物はとにかく立派

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松坂邸もそうでしたが、
こちらも欄間など、本当の凝った造りになっています。

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七間もある長い材木一本を使った梁は壮観。

贅沢贅沢

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離れ座敷は、台風が来ようものなら、
雨戸を閉めるだけでも大作業になるのだそうです。

塩田開発だから、
塩らしい建物かと思ったら大間違いでした。

300円の入館料は、最初高いと思いましたが、
いろいろと、建物について解説していただいた後は、
建物維持のために、この程度の金額は仕方がないと思いました。

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竹原 町並み保存地区散策 その2 [旅行]

広島県竹原の伝統的建造物保存地区を散策しています。

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雨でスカッとする写真になりませんでしたが、
傘をさして風情のある建物を観て歩くのも悪くありません

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この地区にある建物の特徴は、
観光案内によれば、棒瓦の屋根、塗りごめ壁、飴色の格子窓

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メインストリートの本町通りにはこの種の古い建築物が並んでいます。 

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そんな中、レトロだけれど周囲と違和感のある建物が一棟。

竹原市歴史民俗資料館

1929年(昭和4年)、竹原書院図書館とあいて建設され、
以後、竹原の文化活動の拠点となった場所だそうで、
1980年からは、歴史民俗資料館として一般公開されているとのことでした。

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民俗資料館は、全国の観光地の定番ですが、
知識がないとなかなか興味が膨らみませんねぇ。

解説をしていただけるといいのですが、
通りすがりの観光客には、展示物の価値が正直よくわかりません。

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民俗資料館の北側

右に折れて、狭い路地を石垣の方へ向かうと
お抱え地蔵があります。

聞くところによると、願い事を胸に抱きながらお地蔵様を抱え
想像よりも軽ければ、願いがかなうとのこと。

で、抱えてみましたが・・・  

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意外に重い。。。

果たして願いは叶うのでしょうか?

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本町通りに戻り、通りをさらに北へ歩くと「胡堂」があります。

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通りの最北に建てられている「胡堂」は、
映画「時をかける少女」でおなじみのスポット・・・・

とのことですが、実は私はこの映画を観たことがないので、
後で見ようと思っています。

この場所にいつから祀られたのかよくわからないそうです。
江戸時代中期に、ここに市が開かれ
竹原繁栄の礎となった塩田関連グッズなどが売られ、
たいそうにぎわっていたそうです。

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通りを塞ぐ形で邪魔な感じがしますが、
その先の景色が見えないようにわざと建てたのは
ここからは別の世界だよ、という事を示す深い理由があったのでしょう。

胡堂の東にある石段を上がると、照蓮寺があります。

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照蓮寺は、小早川氏代々の師弟の教育機関の役割をしたお寺です。
16世紀末期に一度廃れてしまいましたが、
17世紀に禅宗から真宗に改修して復興。
江戸の中期から後期にかけては、竹原の文化の中心的な役割を果たしていたそうです。

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なかなか立派です。 

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竹原 町並み保存地区散策 その1 [旅行]

9月最初の雨の日、広島から竹原へ向かいました。

呉線で広まで行き、
三原行きの各駅停車に乗り換え。 

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この電車、ワンマンで路面電車のように、
運賃箱が設置されているのが面白いです。

2両編成ですが、2両目の扉は途中の駅で開放されないので、
足として利用している地元の人たちは
1両目目に乗るのが習慣になっているようです。

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竹原駅へ到着。

JRの典型的な地方駅といった感じです。
駅前にロータリーがあり、おもてなしの言葉が書かれ
数台のタクシーが止まっている。
そして、人が少ない。。。

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雨の中、駅前商店街を抜け、
竹原観光の目玉、町並保存地区へと向かいます。

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近年、アーケードを取りはらってしまう商店街が増えましたが、
この日は助かりました。

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竹原はアニメ「たまゆら」の舞台として注目されていまして、
若い女性の観光客が増えているそうです。

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そのたまゆらにも登場するという、「日の丸写真館」
いい雰囲気です。

ここが、歴史保存地区の入口になります。
現在は営業していないそうです。

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竹原は江戸時代に塩田開発が進められ、
塩の産地として有名。

その町並みは「小京都」と呼ばれています。

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では、有名どころへ足を運んでみましょう。

まずは、禅寺 西方寺

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上吉井邸の白壁、階段へと向かう道は、
タイムスリップ感があります。

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本堂の横にある普明閣は、宝暦8年(1758年)に建築された舞台で、
先述の「たまゆら」にも登場する人気スポットになっているそうです。

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ここからは、竹原の街が一望できるのですが、

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天気が悪かったのが本当に残念。

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西方寺の階段を下り、左斜めにある蔵造りの建物が
お好み焼きの人気グルメスポット「ほり川」です。

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麺がカリッとしていて美味。

地元の人も好んでいく名店だそうで、
外に観光客が歩いていなくても、お店の中は満員です。
写真は肉エビイカでそばがダブルで1250円
いい値段ですが、ボリュームはたっぷり。

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比治山へ上る [街歩き]

陸軍の被服廠を観たあとは北にある小山
比治山へ行ってみることにしました。

比治山は標高70m、
東京にも愛宕山という小高い山がありますが、
こちらは26mだからその倍以上の高さになります。

雨の中だから、山登りはきついと思い、
地図をみると、路面電車が走る西側ではなく、
その反対側に、スカイウォークという施設がある。

そこで、被服廠から、北へ歩いて約15分 

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ショッピングセンターの二階から直結した

動く歩道に、エスカレーター

無料でいいのかなとおもうほどの、立派な施設だが、
人がいなくて閑散としている。

こりゃ、めっちゃ楽だけど、
エレベーターでよかったんじゃないの?

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スカイウォークを上りつめ、
右へ歩くと、

広島現代美術館があります。

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サイト=ヒロシマ と題し
広島をテーマとしたアートを集めた特別展が開催されていました。

ただ、私のような俗物には、
段ボールの塊や、傾いた棚などは、よくわからないです。

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しかし、美術館の正面の下の広場に設置されている
このヘンリー・ムーアの作品は、
不思議な力がありますねぇ。

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アーチの下から見上げると、

時空が歪んで感じます。

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美術館の周囲には彫刻が置かれた小道がありますが、
この日は人影がありませんでした。

左は船越保武作「EVE」(1986年)
右は佐藤忠良作「ポケット」(1984年)

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美術館の下にあるまんが図書館

中は人でいっぱいでした。

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比治山から観たマツダスタジアム。

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北側の崖を下ったところにある明泉寺。

山門は原爆の爆風を受けた
被ばく建物の一つに登録されていますが。
お寺の建物とアンマッチです。

比治山は、
その東側と西側で大きく明暗が分かれたと聴いています。
西側はもろに爆風を食らい、東側では比治山が壁になり、
影響が少なく済んだという話も聞いています。

 

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そんな68年目の広島をぶらぶら歩いてみました。

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広島陸軍被服支廠 [街歩き]

週末、広島へ行きました。

広島には、以前から行きたいと思っていた場所がありまして...
ただ、この日はお天気が悪く、
傘をさして、カメラを提げてのお散歩は、体力的にきつい。

しかし、めったにない機会なので決行しました。

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広島駅から広電5番に乗り、猿猴川を渡り、
皆実町六丁目で下車。

交差点から東へとテクテク進むと、

こう言っては失礼ですが、
街外れ感漂う、殺風景な交差点に着きました。

下の写真、遠くに見えるのは比治山。

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こんなところに、遺跡のような建物はあるのだろうか、
道を間違えたかな?

そう思いながら、裏通りに入ると、
住宅地の一角に、その巨大な建物は忽然と現れました。

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元広島陸軍被服支廠。

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被服廠とは、軍用の服や靴などを製造する工場のことです。

広島の被服廠は、1905年(明治38年)開設、
軍服、軍靴、マント、飯盒、小刀まで
陸軍で使用する物資を広く降り扱っていたそうです。

現存している4棟の建物は、1913年(大正2年)の竣工だから
今年が、建てられてちょうど100年目。

記念すべき年なんですが。。。 

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第二次大戦後、敷地の多くが公務員宿舎用地や学校用地に転用され、
被服廠の建物は、4棟を残し解体されてしまいました。

残った4棟のうち1棟は学生寮で使用され、
残り3棟は日通の倉庫になっていたそうですが、

現在は未使用状態になってしまっています。
要は廃墟状態。

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現在は県が所有し、
過去に再利用のアイデアがいろいろ出たものの、、
維持費、耐震補強の費用などがネックとなり、
なかなか、いい利用方法が見つからないとのことです。

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それにしても、長い直線の道路に沿って、
古くなったレンガの建物が連なっている風景は壮観です。

今のままでも、十分観光地として行けますよ。

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被爆建物

特に、原子爆弾の爆風で歪んだという窓の鉄製扉が、
そのまま残っているというのが生々しい。


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大戦から70年が経過し、
当時の貴重な建物、戦争の貴重な資料が、
住宅街の中に無造作なまま残されていることに驚きますね。

建物の中を見られないのは残念でしたが、
外観だけでも十分に見る価値があります。

是非、保存してもらいたいです。

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