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箕面 西国街道3 [街歩き]

勝尾寺は高野山真言宗のお寺。
1300年の歴史を持つ由緒あるお寺は、
西国街道に参拝のためのスタート地点があります。

勝尾寺の大鳥居 

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勝尾寺は、勝ち運をつけたい人が訪れるパワースポットだとかで、
この日私も、サッカー観戦が目的だったので
そのご利益に預かりたかったのですが、

本堂までは、この地から8キロ歩かなければならないそうで、
あきらめて、お寺の方角に向けて、拝むだけにしました。

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西国街道のこの勝尾寺口から東側には、

より歴史を感じることができる家屋が並びます。
 

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紀州街道を歩いたときにも感じましたが、関西は関東よりも古い建築物や景観を大事にしようという意識が強いような気がしますね。

関東、特に東京は変化のスピードが速い。

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小野原地区では、タイムスリップ感を味わえます。

小野原村と呼ばれ、古くから集落ができ、栄えていたそうで

村の西のはずれにあるこの石灯籠は常夜灯で、

疫病や強盗など、村人に災いが訪れないよう、
祈りを込めて設置されたものです。 

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下の写真の石灯籠が村の東端

楠水龍王の祠は、
1336年、楠木正成が湊川へ出陣の途中
この地で冷たい水を味わったのだとか。

碑には「左京ふしみ道」とあります。
現代の、道路わきの案内板みたいなものですかね。 

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大阪都市モノレール、豊川駅が近づいてきました。 

長い街道のほんの一部だけでしたが、それなりに楽しめました。

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箕面 西国街道2 [街歩き]

171号を渡り、箕面市の西国街道を東へ東へ、
京を目指して歩いています。  

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しばらくして、右に広い畑が現れました。

正直、昔の「街道」という価値
意味を知らなければ、ただの郊外の畑のある風景。

ただ、下の写真の場所、
段差が気になります。 

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ときどき現れる土蔵

昔からこの地域は経済的に豊かだったんでしょうね。 

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桜井駅から東へ約3キロ

だんだん街道ぽくなってきました 

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浄土真宗のお寺
浄園寺の高い石垣 

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この付近の地名は、箕面市萱野になります。 

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萱野とは、この地にに領地をもっていた豪族萱野家
赤穂藩士、萱野重実の姓に因んでいるもの
と理解しましたが、

古くからこの地は萱野村と呼ばれていたそうで、
地名が先か、名前が先か、由来はわかりません。

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萱野重実、通称 萱野三平は、48人目の赤穂浪士と伝わっています。
俳人として知られ、多方面で優れた人物だったようです。

「三平」と聞いて、正直、
古くは「どうもすいません」の林家三平と、
あまり売れていないバラエティタレント
しか思い浮かびませんでしたが、

今回、勉強させていただきました。

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萱野三平の旧邸は、現在 萱野三平記念館「涓泉亭」として
箕面市の観光施設になっています。

邸宅は明治時代に取り壊されましたが、

土塀の一部と長屋門が保存され、大阪府から史跡に指定されています。

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吉良義央のパワハラに切れた 主君 浅野長炬が、
「てめえ、このやろ」と殿中刃傷事件を起こし、
切腹させられた経緯は、あまりにも有名。

三平が早かごで、赤穂に一報をもたらしたあと、
この建物の一室で自害したと伝わっています。

庭には、彼の辞世の句碑が残されていました。

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さて、さらに東へと向かいましょう。  

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大分、都市化が進んできていますが、

まだまだ田舎という感じ  

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 そして、ところどころに、

由緒ある建物や祠などが現れます。

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箕面、西国街道1 [街歩き]

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飛行機が伊丹に着陸するのは朝の9時過ぎ
万博での試合のキックオフが午後2時。
いつもは1時間前にはスタジアムに到着するようにしているので、
昼食時間を含め約4時間。
この中途半端に余った時間をどう使おうか、悩みまして、

どこか面白そうな場所はないかと、地図とにらめっこしたところ、
空港がある伊丹から、池田、箕面を東西に走っている
「西国街道」という道路が目に入ってきました。

Wikipediaによれば、
西国街道は「江戸時代の街道の一つで、 近世山陽道の別名である。また、西国寺、中国街道、中国路、山陽道などとも呼ばれる。京都から下関までの経路で、律令時代に整備された大路と一致する。」
とありました。要するに、中国地方から京都へ上ったり、物を運ぶための近道として、1000年以上昔から人や馬が往来していた昔の幹線道路の一つですね。

以前、堺と岸和田を歩いた時に、紀州街道沿いのところどころに
古い町並みや屋敷が残っていて面白かったので、
今回も、街道で古の日本の面影を探すのも悪くない。

ということで

阪急箕面線 桜井駅から、大阪都市モノレール 豊川駅まで約7キロ 歩いちゃいました。

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桜井駅の改札を出ると、昭和の空気が流れる商店街が現れる
といっても、50メートルほどで、広い通りにつき当ってしまいます。
この道路が西国街道。
ここには大正時代、箕面につながる箕面有馬電気軌道という路面電車が走っていたそうです。

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早速、関東ではお目にかかれないタイプの古い建物が見られます。

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阪急の踏切を渡ると、 道幅が狭まり、閑静な住宅街に変わります。

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この辺りは、牧落という古くからある集落で、
応神天皇を祀る牧落八幡宮があります。
土地の氏神様ということだから、1000年以上歴史があるかと思ったら
寛文2年(1662年)創祀というから、比較的新しい神社なんですね。

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西国街道と、南北の箕面街道がここでクロス
交差する場所には、札所がありました。

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西国街道は、ところどころ併行して走る国道171号線に吸収されます。
この幹線道路は渋滞がひどいのか、西国街道の旧道は、
地元民の抜け道になっているようですね。

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交通事故も多く発生しているのでしょう。
かわいい交通標識がそこらじゅうにあります。
クルマに轢かれそうになるので、
古い建物を見ながら、ぼんやりタイムスリップ感に浸っているヒマがありません。(つづく) 


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第一生命館とユリカモメ [自然]


先日、日比谷にある皇居を望むビルのオフィスへ行く機会がありまして、
そこで、外の景色を眺めていたところ、
ある特定のビルの屋上に鳥がたくさん集まっていることに気がつきました。

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鳩の群れかな?と思いましたが、
ん?
ちょっと違う。

ユリカモメです。

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在原業平の歌に登場する都鳥は、このユリカモメだといわれていますね。

集まっていたビルは、第一生命館。

第二次世界大戦後、日本を占領した連合軍の司令部が置かれた
歴史的建造物の屋上です。

ユリカモメは隅田川の河口や湾岸でよくみかけますが、
んな東京のど真ん中にたくさん集まっているとは知りませんでした。

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どうやら皇居のお濠にも浮かんでいる一団がいて、
一羽ずつ水面から飛び立っては、
クルクルらせん状の弧を描きながら上昇し、
日比谷通りを飛び越え、
第一生命館の屋上に降り立つ。

どうやら、お濠が彼らの餌場になっているらしく、
地上は車や人の往来が多いので、このビルの屋上が拠点になっているようです。

満腹になったものは、屋上で休憩したあと、
晴海通りを築地方向へ、ねぐらへと帰っていく。
そういうパターンが決まっているみたいです。

そかし、なぜ、第一生命館の屋上だけなのか?
いつからここに居座っているのか?

建物竣工が1921年(大正10年)ということだから、
もしかしたら90年以上かも?

ちなみに第一生命館の前を通るときは、
上空から落下する糞に注意が必要です。

彼らのご先祖様に中には、
マッカーサーの帽子めがけてウンチ落とした強者も ありやなしやと。。。

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