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天童 鶴舞公園 [街歩き]

13時発のバスで寒河江駅から天童へ移動しました。

もしかして

12時59分寒河江着の左沢線と
13時ちょうど出発のバスは、
待ち合わせて発車するのではないか
バスの運転手に注目していましたが、

ホームに電車が入ったのを横目に
あっさり、バスロータリーから出発してしまいました(笑)

ああ、無情!

天童までバスで約30分、料金は大人200円です。
ちなみに、JRですと、乗り換えがスムーズにいって約40分 
500円かかります。 

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バスは遠くに雪の月山を見ながら、
寒河江川を渡り、果物畑を抜け、ゆぴあ という温浴施設に寄り道し
ほどなく、天童市内へと入りました。 

私は天童駅の近くまでは行かず
鶴舞公園の西側、山の下
「寒河江街道」という停車場で降車しました。 

ここから、一気に山を登ろうという計画ですが、
本日4回目の山登り

正直、しんどかったです。

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4月25日、26日、天童は桜まつり

私のお目当は

鶴舞公園の山頂のイベント広場で開催される
人間将棋

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”人間将棋”イベントは、東京の人間の私でも知っている
有名なイベントですが、いつ開催されるのかまで認知していません。

今年、東京では京王線に天童桜まつりのつり広告が出まして

私はそれを観て、この日の人間将棋イベントを知りました。

あのポスター、モンテディオ山形との試合に遠征する
FC東京サポーター狙いだったのでしょうかね?

だとしたら、広告効果ありましたぜ。

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私が広場へ到着したのが、午後1時40分ごろ
ちょうど北部太鼓のパフォーマンスの最中でした。

広場の観覧席を見ると、強い日差しの中、
すでに、大勢の市民が詰めかけていました。
青赤のレプリカユニフォームを着た人たちもちらほら見かけました。 

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さて、煙とともに
黄泉の国から甦った?織田信長、登場 

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将棋の駒の入陣

みなさん地元の高校生で
一人ひとり、飛車 ●●さん、桂馬 ●●さんと
名前を紹介されていました。 

え、おまえ銀将、なんでおれは歩なの? とか
人間将棋になる前の、人間模様があるんでしょうかねぇ?

誰が何やるか、どうやって決めるのでしょうか?
じゃんけんかな?

どうでもいいことですが・・・

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しばし演武があって、
この日対戦する 上田初美女流二段と、藤田綾女流初段が
武将のコスチュームで入陣

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それぞれがお城に上り、将棋の駒たちに指図

大盤解説は木村八段、戸部六段
ゲストに将棋通芸能人のつるの剛士さん 

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結果は上田女流二段の勝利でしたが、

これ、楽しいです。

本番の対局では、無言で時間が経過していきますが、
人間将棋では、二人が腹の内を口にしながら
掛け合い漫才のように進行していきます。

「おぬし、とらぬのか」
「とらん!」
「逃げてもよいぞ」
「悩んでおる」 

大盤解説も

「この展開では桂馬の彼はしばらく動けませんね」
「今、ドキリとしてるんじゃないですかぁ?」

みたいな。

大爆笑でした。

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鶴舞公園のソメイヨシノは、散りかけていましたが、
しだれ桜は、十分お花見できる状態でした。
 

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さて、

最終目的地は NDソフトスタジアム山形。

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一気に山を下り、 GO!

 ⇒ モンテディオ山形 vs FC東京

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寒河江 [街歩き]

10時28分 羽前高松発 山形行きに乗りまして
10時34分 定刻通りに寒河江に到着しました。

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そのまま列車に乗って天童まで行く場合、
北山形で奥羽本線山形線に乗り換えることになりますが、
左沢線の列車が北山形へ到着するのが10時57分
接続する山形線の時刻が11時33分

駅で36分も待たなければなりません。 

ならば、寒河江から天童までバスに乗ってはどうか
目的地の天童鶴舞公園の下を通過するし
運賃だって200円近く安くなる

しかし、バスは一日に6本しかなくて、
すでに10時20分に出発してしまった。
次は13時です。

あと2時間半。。。

当初は、次の左沢線山形行きで羽前高松から移動する予定でした。
しかし、この場合、寒河江13時発のバスにはたぶん乗り換えられない

なぜなら列車は12時59分に寒河江に到着するから
瞬間移動でもしない限り間に合わない。

JRも天童市も、バスと電車で移動する旅行者のことなんか
これっぽっちも考えてないんですよ。

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というわけで、一本前の列車に乗り、寒河江での下車を選択

バスの発車までの時間、
寒河江市内を散策することにしました。
予習なし、かつノープランですが、
何か面白いもの、旨いものがあるかもしれません。  

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駅前の神輿会館は、ガラス張りの新しい建物でした。
男の子と女の子の「なかよし」像は、何か特別な意味でもあるのかな?
十日市場 大日堂 300年以上前からあるお堂ですが、

どこかさびしい感じ

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地方都市散策の楽しみの一つに、
古い建物や街並みを観て歩き、
タイムスリップ感を味わういうのがあります。

しかし、残念ながら寒河江はそういう場所が少ないですね。

下の写真は、かつては人通りが多く、にぎやかだったであろうと思われる
駅から東へ伸びる商店街です。

昭和40年代頃の香りが残っています。 

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その代表が、この映画館だった建物 

映画はテレビが普及するまでは庶民最大の娯楽でしたからねぇ

かんえい、寒河江だから寒映

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うまく観光施設か何かにして残してほしいですね。 

いまや、昭和時代の記憶を残す貴重な建物でしょう。 

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商店街とクロスする通りには老舗の料理店が並んでいます。

細小路といって、江戸時代には17もの武家屋敷があったそうで、
ここが町の中心だったんですね。 

寒河江は飛騨高山などと同じく
江戸幕府の天領で、陣屋がおかれていました。

その割には、高山のように、古い建物や町並みが見られません。
寺社もたくさんありますが、本堂の建物は多くが新築です。 

浄土宗本願寺(左)と真宗大谷派乗円寺(右)
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理由はこの寒河江という町の位置と関係があるようですね。

寒河江は、最上川、寒河江川、に挟まれた平地で
過去、この二つの大きな川が氾濫し
何度も大きな水害に見舞われています。

記録では、1644年から明治に至るまで約200年間で、洪水が109回
治水のため、70回も堤防工事が行われたとのことです。

昭和51年にも大きな水害が発生、

古い木造家屋が残っていないのは仕方がないです。 

熊野秋葉両神社(左)と正覚寺本堂(右)
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正覚寺(しょうがくじ)

最上義光が寒河江氏を滅ぼしたあとに
創建された最上氏ゆかりの浄土宗のお寺です。

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前の記事の慈恩寺もそうですが、
寒河江周辺には仏像が多く残っていますね。

たびたび発生する洪水による被害

裏を返せば農業に適した肥沃な土地を巡り
くりかえし戦場になった。

いろいろと神仏にすがりたいことが多かったのでしょう。 

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1000年近い歴史を持つ
寒河江八幡宮へ来ました

また、山登りかよ  

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寒河江八幡宮は、大江氏、寒河江市、最上氏
時の領主、武家の崇敬をうけ

現在でも堂々たる威容を誇っています。

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秋には流鏑馬奉納があるので、
そういう時期に来ればよかったのでしょうが、

桜の名所ということだし、
今の時期、お花見をしていきましょう。 

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ちょうど、桜の散りどきで

桜吹雪の中、参拝させていただきました。 

玉こんにゃく、旨い 

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山を下りて、もう少し町の中をうろうろ  

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中心街にある商業ビル、SAGAEフローラをのぞいてみました。

どこの地方都市にも見られる風景。

車社会になってしまい、
かつて町の中心だった場所にある商業施設は、どこも閑古鳥がないています。

土曜のお昼なのに人影が少ない

駐車場がないのかな?
美術館もあるけど、遠くからわざわざ見に来るほどの魅力は感じませんでした。 

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SAGAEフローラの近く、昼食で入った皿谷食堂さん。

外は人通りが少ないのですが、
開けてびっくり、中はお客さんで満員でした。

待っている間、駐車場には次々クルマが入ってくる。
地元の人気店なんですね。

お蕎麦屋さんですが、中華そばが人気だそうで
私も、冷たい中華そば大盛りを注文。

冷たいスープよりも、やはり普通の温かいスープでよかったかなと
一瞬後悔しましたが

旅の思い出だ

しかし全然大丈夫でした。

美味い!

特に麺は腰があって美味しいので、
大盛りでもすいすいお腹に入ってしまいました。

ごちそうさまです。 

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さて、あること2時間

山登りも繰り返し、いいかげん、足が疲れてきました。  

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駅前に、無料で利用できる足湯の施設を発見。

こりゃ、ありがたい、温かい、気持いい。

生き返った感じ、まだ歩けそうです。 

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バスを待つ間

ロータリーから眺める 葉山  

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と 月山 

さあ、天童へ向かおう 

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羽前高松 慈恩寺 [旅行]

左沢駅から2駅もどり、羽前高松駅で下車しました。 

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羽前高松駅からは、かつて出羽三山駅へと参詣客を運ぶ
三山線が出ていましたが、
今はその面影はなく、駅員がいない、自動販売機もない
バスの待合所のような小じんまりした駅舎がポツンと置かれているだけです。

駅で下車したのも私一人。
人影がない。
見かけたのは、列車に乗り遅れて青い顔でスマホを入力する男子高校生ただ一人
次の列車まで1時間以上あるもんな、そりゃ青くもなるでしょ。 

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さて、羽前高松で下車した理由は、

北へ20分ほど歩いた場所にある古いお寺、慈恩寺を観に行こうと思ったからです。

まずは10分ほどで、寒河江川にかかる橋
慈恩寺大橋に到着

橋の上からの眺め、いい景色です。
遠く見える白いなだらかな斜面を持つ山が月山 

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春のみちのくは、街道沿いのレンゲやタンポポがきれい

有名な観光地へ行かなくても
町はずれを歩くだけで、
十分観光になりますね。 

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また山登りだ。

坂道を上り 

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最初に現れたのが  善蔵坊と呼ばれる施設

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慈恩寺には、本堂の他に
修験の場所として、
●●院と呼ばれる施設が3つ
●●坊と呼ばれる場所が17か所あるそうです。

●●坊はかつては48あったそうで、
僧侶たちがそれぞれの場所で、見張りをしたり、役割が与えられていて
企業でいえば、●●株式会社の●●センターとか●●課みたいなものだと解釈していますが、

慈恩寺の規模、勢力の強さを伺い知ることができます。。  

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こちらは3院の一つ 最上院 

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本堂へ向かいましょう

さらに階段を上ります。  

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慈恩寺の山門 

月の初めに、境内に音が響き渡る舞楽奏上などのイベントがあるそうですが、
特に何もない土曜日ということで、

静寂の中、門をくぐりました。 

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慈恩寺の山門は1736年に築造されたもので、

県の指定有形文化財

イベントも一度見てみたいですね。
そのときは楽屋で使われるとのことでした。  

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本堂は1618年、当時のお殿様 最上氏が築造したもので
こちらは国の重要文化財です。  

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慈恩寺は奈良時代、724年に行基が開山場所としてこの地を選び
都に帰り聖武天皇の勅命をもらい、
746年に寺院が開基されたと伝えられています。

奈良時代と言えば、畿内で地震が連発し、世の不安を治めるため
奈良では大仏が造られ、全国に国分寺が設置されていた時代。

東北地方も火山だらけで地震の多い場所だけに
天災やらいろいろあったかもしれません。

天台大師堂
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ただし、奈良時代の寺の建て方と違うので、
創設されたのは平安中期の10世紀との説もあるようです。

慈恩寺は歴史的に非常に奥が深く、
素人が知ったかぶりで語れるようなお寺ではないです。

平安時代の荘園の地頭や、戦国大名、明治政府
時代時代の権力者の庇護を受けあるいは翻弄されながら
独特の宗派、慈恩宗として発展 

釈迦堂
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宗派も行基の法相宗だけでなく、天台宗、真言宗も取り入れた慈恩宗として、
ここが本山になっているということ。 


御本尊が弥勒菩薩だけではなく全部で5神あり、
各宗派仲良くしましょうというスタンスがユニークです。

三重塔 
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仏像を拝みたかったのですが、
先を急がねばならないので
時間をかけての参詣は次回にしました。 

現在は舗装された道路が走り、
敷地の中に今風の住宅も見られますが、
かつては山の中の秘境のような場所だったんでしょうね。

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不動堂
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3院の一つ宝蔵院の表門へ上る階段

造りは室町様式
門には江戸初期の修験僧の護摩札が多く貼られていたそうです。
県の指定文化財 

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宝蔵院 
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東に隣接する子安地蔵尊 

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階段の上の丸い座布団のような石は、

「男はつらいよ」シリーズ第16作のロケで
渥美清がこの石の上に座り、
しばらく景色を眺めていたことから
「寅さんの腰かけ石」という名前がついているそうです。

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ロケがあったのは1975年

寅さんが座ってから、40年後の景色はこうなっています。

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子安地蔵尊
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奥にある、華蔵院 

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最上院が天台宗側、宝蔵院、華蔵院が真言宗側

なんかおもしろいですね。
テーマパークみたいなお寺だったのかもしれませんね。 

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さて、羽前高松駅に着いたのが9時3分
次の列車は10時28分、さらにその次が12時53分

最終目的地の天童へは、
寒河江から天童市の市バスで行くと早いということを知り
時刻表を観たら、寒河江駅バスセンター発13時となっています。

12時53分羽前高松発の列車が寒河江に到着するのが12時59分

えーーーー間に合わないよ。

2時間に1本しかないバスと、2時間に一本の列車の接続で
一分しか余裕がないなんて!! 
そんなご無体なぁ~
絶対に間に合わない。
太川陽介の苦労がよくわかりました。

もっとも北山形で奥羽本線に乗り換えればいいのですが
これまた、つながりが微妙なんです。

そこで、10時28分に乗り、
13時のバスまで寒河江をぶらつくことにし
急いで下山しました。 

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白い花がきれいですよね。

プラムの畑です。

知ってました? 

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再び、寒河江川を渡り

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10時28分 羽前高松発 山形行き

先ほど下車した列車の

次の便に乗りました。  

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