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苦労多かるローカルニュース [ラヂオ]

赤羽から乗った埼京線。
池袋を過ぎてしばらくすると、車窓に高田馬場の駅を出発する銀色の車体が見えた。

そういえば・・・。

今朝、国鉄山手線で、高田馬場駅を出た電車が、

次の新大久保駅に停車せず通過するという事件がありました。

原因を調査したところ、山手線を運転していた林美雄さん35歳が、

並行して走る西武新宿線と競争してムキになり・・・。

こんな感じだったかな?

TBSアナウンサー、林美雄氏がパーソナリティーをしていた深夜放送
「パック・イン・ミュージック」金曜第二部の人気コーナー
「苦労多かるローカルニュース」の嘘っぱちニュースの一つに、
この「山手線新大久保駅通過事件」があった。

今なら何がおもしろいのか、と言われそうだ。

高田馬場・新宿間はJR山手線と西武新宿線が並行して走っているが、
その間の新大久保駅は山手線だけの駅で、西武新宿線にはない。

新宿に向かって、山手線に乗っていると必ず西武新宿線に抜かれてしまう。
それが何となく悔しく感じることをネタにしたものだ。

その後、関西私鉄版も出来るほど大うけで、夜中に大笑いした記憶がある。

ミドリブタこと林美雄さんは、70年6月からパック・イン・ミュージックの担当になった。
最初は、病気で降板した久米宏氏のピンチヒッターだったと思う。

久米宏氏のパックは、女子高を「ピンクの豚小屋」と言ったり、「包丁持ってこい!」とか、
過激とまで行かないが、早口でまくしたてる久米節炸裂で結構華やかだった記憶がある。
その後だっただけに、林さんのミドリブタ・パック第一回は全くおもしろく感じなかった。

しかし、その後ミドリブタパックは独自の世界を築いていった。
しばらく経って、改めて聴いてからはその世界に嵌ってしまった。

真夜中に聞いた「ヴェルべット・イースター」に衝撃を受け、
すぐにレコード屋に「ひこうき雲」を買いに走った。
このとき荒井由実という名前を初めて知った。

「密室の芸人」の四カ国麻雀に笑い死にしそうにもなった。
ここでタモリという変わった名前のインディーズ芸人を知った。

山崎ハコ、石川セリ、原田芳雄、桃井かおり、中川梨絵・・・・
林さんは、70年代以降のカルチャーの仕掛け人と呼んでも過言ではない
「目利き」だった。

手許の記録を見ると、
ミドリブタパックは74年で一回終了し、
75年に復活してから80年まで通算して、約10年も続いたことになる。

このコーナーの影響を受けたのか、
その後、九十九一などの芸人が、ニュースのパロディーをネタで使うようになった。
今では誰も騙されなくなったが、当時は、このうそのニュースを本気にして、
真夜中に確認の電話が何本も架かって来たと聴いている。

「苦労多かるローカルニュース」では、この「新大久保通過事件」のほかに、
ロッキード事件をパロディーにした政治ネタもいくつかあった。

しかし、今、当時の「苦労多かるローカルニュース」のような内容の番組があっても
心から笑えない気がする。

電車の「停車駅通過事件」は時期的にちょっとシャレにならないこともあるが、
今の方がタブーが多い気がするのだ。
当時のロッキード事件を風刺するような政治ネタも、
今の日本の空気ではおもしろがられないかもしれない。

社会的地位の高い人たちのモラルを失した信じられない事件を
うんざりするほど見せられてしまい、
パロディーにしても、もうインパクトがない?
そもそも国民が政治について関心がないため、共通認識がなく
意味がわからない・・・?

う~む。悲しいと同時に、何か背筋を冷たいものが流れる怖さを感じる。

林さんが亡くなってもう3年か。。。

月夜の豚は恥ずかしい ずんぐり影が映ってる・・・ブッブッ ビッビッ

 


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ドランクエンジェル

Cliffさん;
ミドリブタこと林さんの声は本当にいい声でした!
落ち着いていて柔らかく、時にシャープで・・・。心地よく耳にはいってきました。
TBSテレビでも「この番組は月のマークでおなじみの・・・」といったような林さんの「提供スポンサー紹介」にまで耳をそばだてていたのを思い出します。ふいに聞こえてくると凄くうれしかった。
今でも聞こえてくるような気がします。
林さんのアナウンサーの声だったからこそ「苦労多かるローカルニュース」が「本物」っぽかった。そして「そんなばかな!」というニュースをみんなが造って林さんに読んでもらっていたんですね。今は実際のニュースが腹立たしくばかばかしいものが多すぎる。
梅雨前線を自衛隊の飛行機が翼に引っかけた、という作品はこの時期になると想い出します。3年かぁ・・・早いですね。
by ドランクエンジェル (2005-06-26 18:55) 

Cliff

確かに、林さんの声は落ち着いた気分になる癒し系だったですね。
そういえば、「苦労多かるニュース」は途中から、聞いて明らかに作り話
とわかるファンタジーなネタが増えたような気がします。
今は現実の方が作り話よりばかばかしい。困ったもんです。

ミドリブタパックといえば、原田芳雄の「ベルサイユのブラ」とか
下落合本舗のCMも懐かしいですね。
by Cliff (2005-06-27 20:16) 

トムジィ

林美雄さんのネタ。これも懐かしいですね。私も彼のパックで荒井由美、山崎ハコ、石川セリといった歌姫と出会いました。タモリもそうでしたね。
林さんはその後、TBSではけっこう出世コースを歩み、数年前にガンで早世されたと聞いています。
つい最近DVDで長谷川和彦の『太陽を盗んだ男』を観ていたら、アナウンサー役でニュースを読む林美雄さんの懐かしい姿を一瞬ですが拝見できました。
by トムジィ (2005-07-04 02:14) 

Cliff

こんばんは。
林さんは日本映画の救世主みたいなところがありましたね。
長谷川和彦さんといえば、「青春の殺人者」も思い出します。
最近は、すっかりドラマのお母さん役が板についた原田美枝子さんですが、
映画での大胆な演技は強烈なインパクトがありましたね。
こんな話題になると、ギンレイホールや文芸座が懐かしいという方が
たくさんいらっしゃるでしょう。
林さんのように、時代を語れる当事者が居なくなるというのは
本当に寂しいことです。
by Cliff (2005-07-04 20:51) 

なりぽん@厭離庵

いきなりのトリプルTB失礼致します。
故・ミドリブタの命日ということでお許し下さい。

3年経つと、語る人も少なくなり、仲間を見つけて嬉しくなりました。
by なりぽん@厭離庵 (2005-07-13 23:42) 

Cliff

こんばんは TBありがとうございます。
といっても、未だにTBの意味や必要性がよく理解できていないので
お恥ずかしいのですが・・・。

70年代のあの深夜放送ブームを経験していると、
もっと仲間がいるはずだと考えがちなのですが、
この世代の多くの方はなかなかネットの中で
ポジティブに活動する勇気がないというのが本当のところでしょうね。
やはり30年という年月の重みでしょうか。
しかし、他の深夜放送関連のサイトを拝見していて、
来る人はここ数年確実に増えてきましたね。

私の方は地層の下の記憶を掘り出しながら
ぼちぼち行きたいと思っています。(笑)
by Cliff (2005-07-14 20:55) 

ラボリス

一度こんなことがありました。ナチチャコパックが終わって3時の時報がなって、いつものようにブッカーTのテーマソングがかかって、それがず~とかかりっぱなしで、その後フェイドアウトすると、またナッチャンチャコチャンが出て来て、「林君が来ないんです、どこか行っちゃったんです、どうしましょう~」ふたりがしばらく騒いでいると、「あっ、来た来た。」何事もなかったのように林美雄は番組をスタートさせたのでした。あれはいったい何だったのでしょう。今でも気になってます。

1971年ごろは野沢那智/白石冬美のパックを聴いて3時には寝ていたのですが、林美雄も面白いことに気づき、2台のカセットにタイマー録音して学校から帰ってから聴いていました。生で全部朝まで聴くと睡眠不足で朝礼でぶっ倒れたことがあったので。緑ブタパックに感化されて知らなかった世界がどんどん開けていったのでした。荒木一郎、西田敏行、おすぎとピーコ、原田芳雄...

1972年夏休み、田舎の中3だった僕は、緑ブタパックで当たった特別映画招待券の葉書を握り締め銀座のガスホールへひとり向かったのでした。螺旋階段で待つこと1時間。まわりは大学生のお兄さんお姉さんばかり。僕は場違いの田舎の中学生。会場へ入りしばらくすると、林美雄が舞台に登場。初めて見る林美雄。俳優にもなれそうな端正な顔立ち。いつもにこにこ顔。しばらくMCをしたあと、突然石川セリ登場。生で石川セリの歌を聴きました。初めて聴く生の大音響に圧倒されてしまいました。しばらくふたりが話をした後、藤田敏八監督の「8月の濡れた砂」を鑑賞。うぶな中3の僕には刺激強すぎ。広瀬昌助/村野武範/テレサ野田/藤田みどり/渡辺文雄。当時、湘南に住んでいたので茅ヶ崎あたりの風景がとても身近に感じました。

林美雄がなくなってもう3年ですか。はやいものです。
by ラボリス (2005-07-17 18:42) 

Cliff

コメントありがとうございます。
ミドリブタパックの影響力の大きさを再認識しています。

欽也パックもそうでしたが、1部からパーソナリティ居残りということが
よくありましたね。
74年頃に一回ミドリブタパックが最終回になったときは
居残ったナッチャンがもっと早く教えて欲しかったみたいなことを
言っていましたね。

私もまだ中学生とかだったので、パック祭りなどのイベントへは
行きませんでしたが、
あの時の大勢の浪人生や大学生はどこへ行ってしまったんでしょうかね。
きっと、毎日すれ違っているオジサン、オバサンたちなのでしょうが。(笑)

藤田敏八監督といえば、下落合本舗の製品で
新型ブリーフ「ビンパッチ」というのがありました。
「あの八月のむれたまたをどこかへやっちゃおう」とかいう・・・

失礼しいたました。
by Cliff (2005-07-18 17:25) 

みどりぶた

ほんの少しですが、下記のページで林美雄さんの懐かしい声を聞くことができます。
http://hatsumeiya.exblog.jp/
発明屋→下落合本舗→下落合本舗にまつわるページ→水曜パック音声集
by みどりぶた (2006-02-02 13:36) 

Cliff

みどりぶたさん、ありがとうございます。

下落合本舗のアグネス茶のCMは、アグネス・チャン本人の声ではなかったんですね。アグネスといえば、ラムとチャンとが入れ替るアグネス・チェンジというのもありましたよね。

亡くなってもう4年目になるのに、いまでも話題になっているという林さんの影響力の大きさ、偉大さを再認識しています。
林さんについては、また何かテーマを決めて書き留めてみようかと思います。
by Cliff (2006-02-02 22:57) 

kinta

何処からか此処へたどり着き、楽しく、切なく読ませていただきました。
当時のテープがかなりストックであるはずなので探してみます
アグネス茶取って置いたはずです。
最終回の荒井由実も印象的でした。
 今、欣也パックでいつも最後に読まれていた 女性詩人のかた エッちゃんって欣也さんは呼んでいた記憶がありますが、彼女の詩を書き出しています。
お名前やそのたご存知でしたら教えてください

http://blogs.yahoo.co.jp/moonbow2002kk
by kinta (2006-03-11 10:20) 

Cliff

kintaさん、コメントありがとうございます。
アグネス茶以外にも、アグネス・ラムとのアグネス・チェンジとかアグネス・ちゃんちゃんことか、アグネスネタがいくつかありましたね。ミドリブタパックゆかりの女性といえば、石川セリ、山崎ハコ、ユーミン、中川梨絵・・・どちらかといえばテレビには出演されない人ばかり。このアングラ的雰囲気とバリバリのアイドルの組み合わせが逆に新鮮な感じがしました。
欽也さんのパックの女性詩人て、崎南海子さんのことでしょうかね?エッちゃんて誰だろ。エッちゃんといえば、当時はチェリッシュの悦チャンですが、あまり欽也パックとは関係ないですね。
by Cliff (2006-03-12 07:49) 

蠅皇子

突然お邪魔いたします。
サマークリスマスにまで何度も参加したミドリ豚ファンです。
あまりに懐かしい・・・・あの頃の空気のにおいまで、一気に思い出しました。
「優しい日本人」や「青春の蹉跌」何て、もう曲も手に入りません。ほかにもマイナーだけど面白いものを沢山教えてもらいました。
もちろん、RCや原田芳雄やタモリなどの、当時知られていないけどビックな存在も。タモリはかなり真似させてもらい、一発芸にさせてもらいました。
山崎ハコとか、衝撃でしたし。

第一期終了の時、ユーミンが「旅立つ秋」をプレゼントしましたね。(といっても最初にオンエアするという意味でしたが) 未だに口ずさめる曲のひとつです。
by 蠅皇子 (2006-09-10 14:47) 

Cliff

蠅皇子さん、コメントありがとうございます。
このブログを書くようになってから、林さんの影響力の大きさに驚いています。

>「優しい日本人」や「青春の蹉跌」何て、もう曲も手に入りません。
放送はリスナーが録音していないとダメですが、歌は音源が残っているので、ミドリブタ関係の音楽もいずれ手に入るようになると思っていますよ。

♪疲れたら眠りなさい 私が歌を歌ってあげる
 あなたが森と思っているものは 死んだ人たちの爪のあと
 あなたが風と思っているものは まだ生まれない息子たちの声・・・
by Cliff (2006-09-11 09:07) 

おボー

年に数回、林美雄さんの思い出を検索してたどっています。
「8月の濡れた砂」「鉄砲玉の美学」「青春の殺人者」等々、あの頃見た映画の多くは林さんが熱く語ったものでした。
日活ロマンポルノ、ATG、現役で見られたこと幸せだったと思います。

でも、「優しい日本人」の歌詞、今見ても泣けちゃいますね。
by おボー (2006-11-18 21:44) 

Cliff

おボーさん、コメントありがとうございます。
日本映画がどん底の頃に日本映画の魅力を発信しつづけた林さんの信念もすごいけど、それに感銘を受けている方が本当にたくさんいらっしゃるんですね。この記事と、麻梨子産業株式会社の記事、いずれも軽い気持ちで書いたものですが、いまだに毎日閲覧されていてビックリしています。

>でも、「優しい日本人」の歌詞、今見ても泣けちゃいますね。
本当ですね。緑魔子さんの「優しい日本人」は今聴いても、背中の辺りがゾクッとします。
by Cliff (2006-11-20 20:47) 

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